jupesjupesjupesの日記

福多ラナイのくだらないショートショート

3、Happy Man 『痛みのない人』


C.ジェイ氏は、「この地上で最高に幸せになる方法」という発明を生み出そうとしていた。

C. ジェイ氏は、これまでの生涯を掛け、全財産を掛け、賢者と呼ばれる先人達の文献を読み漁り、持てる知恵をすべて絞り出しひとつの結論に達した。

それは「痛みがない体」を持つことであった。

生きとし生ける者の、すべての痛みがなくなり、反対にすべてのことに対し幸せを感じ、笑っていられるのであったら、これほどにない至高の幸せではないか、ということに気が付いたのであった。

これまでも人間達は痛みを消し去り、恍惚とした幸福感を得る為に、あらゆることを試行錯誤してきた。

古代からあったものがアルコールや麻薬や覚せい剤など、そしてこれまでに一番多く作り出されてきた人工的なものが薬、また他にもあらゆるものが研究者によって提唱されたが、そのいずれも生身の人間の体にとっては後々に副作用、そして依存症という置き土産のような功罪を残す結果となった。

しかも、それらを得る為には金銭を必要とし、幸せな時間を継続的に得るということは、非常に困難であることが明確であった。

C.ジェイ氏は研究に研究を重ね、医学界にとっても革命を起こすような発明をしたのであった。

それは簡単で安全な方法の脳外科手術によって、人間の脳の中の全身の痛みを感じる中枢の神経を取り去ってしまい、その代わりに最高の幸福を感じる物質を作り出すミクロの装置を埋め込み、永久に幸福感を得させようというものであった。

更にC.ジェイ氏は痛みがないことで病気の発見が遅れては本末転倒であるということの処置も抜かりなく、病気になった患部の箇所はすぐに医師によって発見できるように赤く腫れあがるように、と脳の中に処置も施すようにしたのであった。

まずは、C.ジェイ氏本人が実験台となり、その最高の発明を試すことにした。

信用できる知り合いの医師にそのメソッドを教え込み、大金を支払い、その手術を施してもらった。

手術の麻酔が覚めた瞬間から、C.ジェイ氏の人生はまるでグレーの色がさっと消え去り、黄金に輝くように美しく軽やかなものとなった。

とにかく見るものすべてが絵画のように美しく、聞こえてくるものすべてが美しい音色の音楽となり、飲むものすべてが甘露のように甘く、食べるものすべてが上等なディナーコースの食事となった。

世の中に対しても、不安や恐怖といったものがなくなり、反対に希望に満ちたワクワク感であふれていた。

あらゆる嫌な人と接しても怒りも憤りもなく、優しく慈愛に満ちた気持ちとなり対応も親切極まりないものとなった。

虚しく辛かった日常の中の寂しさや悲しみといったものもなくなり、すべてにおいて楽しくて仕方がなくなり希望に満ち溢れた時間の連続となった。

C.ジェイ氏は、自らを実験台にし、それが成功したことで、この脳の中の装置を世の中に発表し、メディアに登場して広告を出して販売することに決めた。

やはり自らが広告塔となり、様々なメディア媒体に出演をし、求められたらなんでもすることにした。

例えば、あるテレビ番組の中で危険な地域に赴き、人々にインタビューをする企画などにも喜んで応じた。そこでは、ギャングやマフィア達に対してピストルで脅されたりしながらも、満面の笑顔で優しさと慈愛に満ち溢れた対応で接した為に、最後にはギスギスした態度であった彼らも、C. ジェイ氏には飼い犬のように従順な態度となり尊敬のまなざしで見てくれるようになった。

またある番組では危険なジャングルの上から飛び降りるという空中ダイビングにも挑戦し、落っこちた沼のワニに喰われそうになりながらも、ワニの口の中で大笑いをしてワニをおびえさせて追いやったことで、視聴者たちから拍手喝さいを浴びることとなった。

まだまだ他にも伝説的な武勇伝を残し、世間からは大いに称賛を浴びることとなり、その結果、その脳の中の装置は大いに評価されて、世界中の脳外科病院に飛ぶように売れに売れることとなった。

C.ジェイ氏は世界の成功者であり救世主となったのであった。

あっという間に、世界はその装置によって変化が認められた。

まず、人々はつねに幸福感で満ち溢れている為に、争うことをしなくなり戦争がなくなった。

食べるもの素食となり、究極は道端の草を食べていても満足を覚えるほどである為、ほとんどの人々が菜食主義者となったことによって、食料の為の家畜飼育もなくなった。更にまたすべての動物に対する慈愛の気持ちも高まった結果、野良犬野良猫の殺処分もなくなった。

政府によって、ペットやその他の哺乳類の動物達にもその装置を施すことになり、すべての動物達が穏やかに平和になり生存競争もなくなった。

人々も野生動物達も博愛の心を持つことによって、お互いのテリトリーを守るようになった。

その装置が全世界のすべての人間と動物達に装着されてから、瞬く間に何年かが過ぎていった。

それによってすべての人間も動物も長寿となったのだが、このことによる人口増加も動物達の増加も見られなかった。

それはなぜかというと、すべての人々も動物達も危険をまったく恐れず、顧みずに楽しく軽やかに挑戦した為に、死亡事故が絶えなかったからである。

皆は手足を失っても痛くもなく、最後に心臓や頭を失うまで、幸福感に満ち溢れて笑いながら死んでいったのである。